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2007 初冬 続々 おふくろさま

◆たまには外につれて行きませんと退屈でしょうし、見聞を広めてもらわなくてはなりません。「いや、すごい広い店だね」「すごい人だね」「安いんだね」などと言いながら一通り歩きます。「腰が痛くなった」というので一休み。やれやれと視線を遠くに移しながら、ドトール・コーヒーとジャーマンドックをおいしそうに召し上がるのでございます。

◆風呂を勧めますと、「一番最後でいいよ」と、気を使っていますが、順番なんかいいのです。身の空いている人から入りましょうよ。こうして、8時ごろに床に就くように過ごしております。そうそう、狭い我が家ですから、おふくろ様に私の部屋とベットが取り上げられてしまいました。もちろん、好天の日はふとんは必ず干してあげています。

◆家族の名前を一覧表にしてあげました。孫の名前はしっかり覚えているのです。よく顔をだすひ孫の名前も覚えました。トラねこの「チャチャ」は「トラちゃん」と呼んでいましたがやっと「チャチャ」と呼べるようになりました。娘たちの連合いの職業もインプットしたようです。

◆さて、どのような感想をお持ちなのか分かりませんが、やっぱり故郷が恋しいのでしょう、寂しそうな表情は消えません。ときどき、泣いているのかも知れませんね。長いこと一人で生活させてしまいましたから、感情の表現など、私には物悲しく感じられる場面もありますがいたしかたがありません。少しずつ、豊かになってもらえるようこちらが努めるしかありません。

◆「もう帰りたい」と言い出すのかもしれませんがいずれにしましても来春、桜だよりとともに故郷に帰るつもりでおります。なんとか元気なおふくろ様をみなさまにお見せできますよう、支えて行こうと覚悟を新たにしているところでございます。引き続き、留守中、いろいろとご面倒をおかけしますが、よろしくお願い申しあげます。

◆さてお袋様のお話はこのぐらいにしまして、感動した人物二人を紹介しておきます。一人は、さいたま市立三室中学校2年 木戸一樹くん。第57回全国小・中学校作文コンクール 中学校の部 文部科学大臣賞受賞「父の背中 ~家庭人としての男性のあり方について~。お読みになりましたか。大人たちよ、姿勢を正してチャレンジして行こうか(11月27日 読売新聞朝刊に掲載)

◆もう一人は、山形県高畠町 上和田有機米生産組合 遠藤五一さん。4年連続米作り日本一。遠藤さんの作った米は、5kgで6000円以上の値がついているらしい。彼の米作りと生き様を見ていたら、いくら高くても遠藤さんの米を食べたいと思う。日本の稲作農家よ、がんばりましょうよ。米が大好きですよ(11月26日 12C カンブリア宮殿) 

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2007 初冬 続 おふくろさん

◆拝啓 ご近所の皆様。旅立ちに際しましてお世話になりながら、お礼が遅くなりましたことをお詫び申し上げます。お蔭様で、こちらに来てからひと月が過ぎようとしています。日増しに順応力を高め、食欲も旺盛になり、ほっと一息ついているところでございます。

◆おふくろさまの一日を紹介しますと、7時ごろに起床をし、身支度を整え、洗濯物を脱衣場に出し、リビングの低位置に鎮座してBS2で朝の連ドラを鑑賞なさいます。その前後に、私は叩きをかけ、掃除機を回します。まあ、その時の汚れ具合で掃除が先か食事が先かになりますが。山の神様は最初の洗濯を起動させ、朝食の準備に入ります。

◆孫たちは、通園バスが迎えに来るまで我が家で過ごしています。襲来される前に朝食を済ませるよう心がけておりますが、食事中に襲われることの方が多くなってまいりました。「おばあちゃん おはよう」と大きな声でおふくろ様に声をかけてくれます。満面に笑みを浮かべて「おはよう」とは応えていますが、長いこと一人暮らしですから、あまりの賑やかさに驚いているのが正直なところではないでしょうか。

◆9時になりますと通園バスが迎えに来ます。見送った後、おふくろ様の散歩の時間です。15分ぐらいでしょうか、歩いてきます。「開かなかった足の指が伸びたよ。正常な形になった」と喜こび、見てみろと言います。成果が出てきたのも励みになるのでしょうね。どんな寒い日も欠かさず続けています。

◆「歩いていたら、声をかけてくれた人が居たよ。おばあちゃん、おはようございます。散歩ですか、寒いですから風邪など引かないように気をつけて歩いてください、だって」へぇ、耳が遠いと思っていましたが聞こえるんですね、優しい言葉は。後日、Sさんに、「お母さんだとすぐに分かりましたよ。そっくりですから」とお言葉を賜りました。ありがとうごまいます。

◆で、帰宅するとテレビの前から動きません。そこで「俺の作務衣を縫ってもらえないか」と言いますと「いいよ」と言うではありませんか。生地を購入し、一式を渡しますと陽だまりで黙々と縫い始めたのでございます。現在、ほぼ上着が完成し、紐をつけるだけになりました。「そんなに急がなくてもいいよ。ゆっくりやってよ」と言いますが聞こえる様子もありません。こうして、陽は西に傾いて行くのでございます。

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2007 初冬 ウオーキング

◆先日の帰省の折、防寒用の帽子を買って来ました。今朝、あまりに寒いので着用して歩いていたら、ゴミ出しに出て来られた主婦の方に笑われてしまいました。こんなに素敵な帽子なのに。まあ、この辺では居ないなあ、まるで北極圏の住民のような帽子を被ってウオーキングしている人は。

◆加えてリックサックを背負っているのです。どうしてかと言うと、ウオーキングの楽しみが増えたからです。コース沿いの農家が「新鮮野菜」という旗を掲げていました。のぞいてみると朝収穫したばかりの野菜が並んでいます。どれも100円。だいこん・ほうれん草・小松菜・春菊・にんじん・じゃがいも・しいたけ・かき・ブロッコリーなどなど。

◆ビニール袋は置いてあるのですが、長距離を歩く手前、手は空けておきたい。そこでリュックにしました。バス停に並ぶ勤め人は、一様に怪訝な眼差しを向けます。リュックの口から大根の葉がにょきっと飛び出し、歩くたんびにゆれる。全身を覆い尽くしている身では、全てが気にならない。どう、このウオーキングの完璧なる美しき姿勢は。てなもんであります。

◆そうそう、驚きの発見がありましたぞ。日本経済新聞と毎日新聞・サンケイスポーツが百円と言う簡易スタンド(自動販売)があるのです。軽トラで現れるオヤジさんがバス停2箇所に設置し、立ち去るのです。一紙10部ぐらいずつでしょうか、7時半に通過するスタンドでは、日経とサンスポは売り切れの日が多いのです。でもね、「百円」とは書いていないのです。「即百」とだけ書いてあるのです。二つのスタンドで60部、6000円の売り上げなり。儲かるのでしょうね。で、これってルールに反しないの?

◆途中、橋の上から眺める富士山が最高なのです。いつも、ああ、あの麓で3年間過ごしたっけ、山麓の宿舎から中腹の青年の家まで毎日、歩いて通ったけと懐かしんでいるのです。御殿場は我が家の第三のふるさと、いや、第二のふるさとですかね。さてさて、明日の朝もはりきって歩きますぞ。

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2007 初冬 おふくろさん

◆「冬の間だけ、こっちで過ごさない」と語りかけたところ、「良いよ。おら、行っても良いよ」とお応えになるではありませんか。こっちに来ることをあんなに拒絶していた方が。ではでは、家内の賛同も得ていたことだしとお迎えに伺いました。

◆帰省するたびに清掃センター通いです。捨てるものが山のようにあるのですから。家の中がおふくろさんの衣類で溢れ返っているのです。「いつ着るの」と腹立たしく問いかけても、都合の良い難聴は,そんなときほど聞こえにくくなるようで「ああ、何言ってんだがわがんね」

◆こん畜生と思って居ると近所の人たちがやって来て、「どこの家でも年寄りの物持ちの良いのには困っているのし」「おらいの義母は、俺の衣服などは、俺が死んでから捨ててくれ」などの話で盛り上がるのです。「死んでからで良いんだから。捨てるのは」ああ、そうですか。朽ち果てそうな家でも、何も物を置かなければ、清々として、住みたくなる空間になるのに。

◆で、やってきたおふくろ様は、私の部屋を占拠。居間のテレビにかじりつきで動こうともしません。そこで、「おふくろの仕事と生活習慣にすること」と言う箇条書きの文を認め、上意であるぞ突きつけ、部屋に掲示したのでございます。なにせ、来春、郷土に戻らなければならないのですから、多少の厳しさは耐えてもらわなければなりません。

◆ですが、田舎の方々は、お袋様は、二度と再び戻っては来ない、もう一人暮らしは無理だと確信しているのです。その証拠に、冬季だけ息子のところに言ってくると言う話を聞きつけた在所の方々は、餞別を手に、見送りに来てくれたのです。

◆私があわてましたよ。ずっと私のところで生活させる気はありませんから。それなのに、みなさん、今生の別れと。いや、来春、必ずつれて帰りますからと大きな声で訴えてまいりました。ですが、10日ほど一緒に暮らして見ますと、この生みの親は見ているだけで涙が止まらないほど老いてしまっていたのです。その上での上意書なのでありますが。続きは徒然なるままに。

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2007 秋 京都 その2

◆どうです、このところ映画館通いに忙しくありませんか。暮れから新年にかけて話題作が目白押しでは。そう言えばMOVIXは、10日がポイント2倍ディーですぞ。「オリヲン座からの招待状」主演 宮澤りえ、今一つまらない映画ですが、宮澤りえの抑えた、さわやかな姿の演技が良いね。大スターに一直線。

◆さて、京都その2。地下鉄烏丸線で終点「国際会館前」に。そこから定期バスで大原に行ってまいりました。月曜日の大原は静かでした。三千院から寂光院とまあ、定番の路を歩いてみました。豪勢な石垣と苔むす庭、広大な自然林、三千院は人を引き付けて止みません。

◆焼けたのですね寂光院の本堂は。再建されたのですがなぜか痛々しくて。地蔵菩薩立像や建礼門院像・阿波内侍像も消失したのですね。お話を伺ったのですが再建への熱ある声だけがひびく本堂かな。

◆最後に三十三間堂。飽きることのない本堂(国宝・南北65間(118m)、ここに31体の仏像(国宝)と1001体の観音像(重文)が安置されている。中で仏像を拝観しても、外から本堂を拝観しても飽きることがない凛とした美しさがありますね。

◆長かった旅に終止符を打つべく京都駅に。安藤忠雄さんがコンペで敗れた駅舎か。今の姿が好きな方も多いのでしょうが、私は今一ですね。隅々まで生きていなくちゃ。まあ、そんなことより、このまちに、いや無理ならこのまちの近くに住んで、月に一度で良いからウオッチングしていたいまちですね。

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2007 秋 奈良

◆快晴の日曜日。奈良国立博物館を長蛇の列が取り囲みました。あとで分かったのですが、午後から入場するのが得策です。来年、行かれる方のために参考まで。いずれにしても、許されるなら、毎年、鑑賞しておきたい催事ではないでしょうか。

◆奈良時代に、国や郡、大寺院などには「正倉」と呼ばれる倉庫が建てられ、穀物や種々の財物、道具類が収められていたのだそうです。その正倉がいくつも集まった場所が「正倉院」だそうです。で、現在、正倉院と呼んでいる校倉の建物は、東大寺の正倉院に建てられていたいくつかの正倉の一つが残ったものなのだそうです。

◆専門的なことは他に委ねる事にして、印象に残っている品は、「紫檀金鈿柄香炉(したんきんでいのえこうろ)」「金銀平脱皮箱(きんぎんへいだつのかわばこ)」「緑地錦几汝区褥(みどりじにしきのきじょく)」の3点と当時、日常着用していた衣装です。現在と遜色ない高度な技術に驚きの連続でした。本当を言うと、欲しい品ばかりなのです。

◆大仏殿から回壇院へ。ここの四天王は最高です。四隅に時国天(東)・増長天(南)・広目天(西)・多聞天(北)と並びます。国宝です。四天王に顔や腹・背中を踏まれ苦しげに絶える邪鬼がまた傑作です。NHKBS2で、7時45分から再放送している「古都の風」のタイトルに映し出されているのがこの邪鬼です。どうぞ、ご覧下さい。

◆ならまちを散策して奈良を後にしました。日曜日、このまちも大変な人でした。でも、奈良には住みたくなる魅力がありました。このまちには住みたくなる昔ながらの住宅がありました。

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2007 秋 京都 その1

◆高松の帰り路、京都と奈良を回ってきました。四国一周も考えたのですが、ぜひ鑑賞したい催事が二つありました。一つは京都国立博物館の「狩野永徳展」、もう一つが奈良国立博物館の「正倉院展」です。そこで、混雑を承知でこのコースを選択したのです。

◆「洛中洛外図屏風」「洛外名所遊楽図屏風」「織田信長像」「唐獅子図屏風」など、ずば抜けた技法と感性が段違いの力量で見るものに迫ってきます。チケットの半券に「信長さま・秀吉さま後推奨!! 天下をとった絵師、京都に見参」とありました。1時間並んで入場した館内も大混雑。もう一度、じっくりと鑑賞したいものです。で、とりあえず、録画したNHKハイビジョン放送で楽しんでみます。

◆土曜日の京都は人の波。いや、バスも乗れたものではありません。四条通・烏丸通・河原町通・新京極・寺町・祇園・先斗町などなど、わんさかと人が集まってきます。一日にどれだけのお金がここに落ちるのでしょうか。

◆おみやげに一澤新三郎帆布のバックをと伺いますと大混雑。お一人様、3個までの限定販売でございます。求めたい品がありましたので草々に退散。で、斜向かいの一澤帆布に視線を送りますと閑古鳥の鳴くような様子でした。いやはや、どうなりますことやら。このバック、京都の御仁は使用していないのではありませんか。

◆混雑にぐったりの一日でしたが、まだまだ、月曜日の静かな京都(?)が残っていますので、期待を胸に宿に向かったのです。

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2007 秋 高松 パート3

◆基調講演は文科省のOBで大学の先生。分かりやすくお話されていました。でも、やっぱり、どうも・・・。語り口、表現方法、価値観など、だんだん距離を置きたくなってくるのですよ。

◆私が言うことではないのですが、学者を始め、リーダー全般に「異質な集団の中にどれだけ入ってゆけるか、異質な集団をどれだけ理解できるか」と言うような学習が苦手なのではないでしょうか。

◆優れたリーダーは専門的な領域の実力はもちろんですが、豊かな感性と社会性は不可欠の要素と考えますがいかがでしょうか。生活者としての姿勢を保持していない学者はだめですね。和田さんにじっくり教えてもらわないといけません。

◆分科会、これまた何故、地区大会も県大会もブロック大会も全国大会も同じ内容を繰り返すのですかと言いたくなるのです。まあ、仕事の話はこのぐらいに。

◆高松の賑わいは瓦町から方原町にかけて連続して分布しています。ライオン通りと言う飲食街の焼き鳥屋さんで食べた「つくね」は絶品でしたね。感動の一品でした。もちろん、いも焼酎も大好きな品が揃っていましたので大満足の夜でした。

◆仕事も無事終わり、いよいよ高松を離れると言う時に、鍛えているこの足が筋肉痛でどうしようもない状況に陥ってしまいました。さて、どうしてでしょうか。

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2007 秋 高松 パート2

◆宿が「全日空ホテルクレメンテ」。全室オーシャンビュー。屋島を正面に望み、眼下に高松港。ここから、小豆島・女木島・男木島を始め、広島や大阪・九州方面などを船は結んでいるのでした。宇高連絡船は、とっくに廃止されたのだろうぐらいに思っていた私には見ていて飽きない光景でした。

◆島々に向かう船は午後6時代が最終便でした。フエリーは一晩中、30分おきぐらいに発着していました。出航するとすぐに次を目指す車が並びます。沖縄行きのバスが降りてきてどこかに向かいました。高知にでも行くのでしょうか。港は24時間、動いているのですね。

◆船を降りると自転車とバイクの駐輪場があって、そこからまちに散っていくのです。夕方は、そこに車を納めて、船に向かうのです。なんか、時間がゆったりと流れるのです。屋島、港、船、島々、穏やかな海面、オレンジ色の外灯、全身赤色の灯台。

◆そんな光景を時間も気にせずじっと見つめる至福のひと時。で、お前、単なる観光で行ったのじゃないだろうですって。そうなんですよ。実は仕事なのです。全国大会に参加する仕事なのです。で、どうだったのかって。2日間で半日ずつプログラムが組んでありまして、合計7時間ぐらいの大会なのです。

◆ところがあなた、そのうち1時間をセレモニー(挨拶・来賓紹介・表彰式など)に使うのですよ。同じような主催者の愚行を講師に呼んで頂いた私が講演の中で批判したことがありました。「うちにはうちのやりかたがあります」と、二度とお呼びがかからなくなりましたが。

◆でもね、参加している人たちがたのまれて参加した様子で退屈そうに鎮座しているのです。「せっかく時間を都合して参加したのに、何これはと何故発言しないの」って言わなきゃだめですよ。何にも変わりませんよ。などと語りかけたことがありました。

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2007 秋 高松 パート1

◆ご無沙汰しました。高松に行ってきました。高松は何十年ぶりでしょうか。昭和40年代の半ば、宇高連絡線で四国に渡ったことがあります。そのときは、県内で始めての(たぶん)四国一周旅行団の一員としての旅でした。

◆新幹線で岡山に向かい、マリンライナーという快速電車で瀬戸大橋を渡るとそこは四国。あっと言う間の時間です。それにしてもこの電車、ものすごい勢いで飛ばすのです。脱線するのではないかと言う位に。讃岐富士に代表される独特の山並みが讃岐平野に浮かびます。

◆高松はきれいなまちでした。空気が全身にとってもおいしいのです。屋島は整備されていました。屋島寺は巡礼の人や参拝客で大盛況(?)の様子。豪華な造りの建物が並びます。栗林公園は、観光客が絶えません。十分堪能できましたが、半分が整備中のようでした。

◆うどんです。3回チャレンジしました。最初は、金毘羅さんの参道です。店の選択を間違いました。咳き込むほどの不味さでした。2回目は、高松一賑わうと言う「うどん一番」さんに寄ってみました。行列です。安いのです。おいしいのです。3回目は、駅の構内で最後のうどんをと思いました。ところが、うどんの専門店がないのです。一般的な食堂の店しかありません。外から見ただけで止めました。結局、海を渡って岡山の駅うどんを食してまいりました。

◆高松は、駅周辺に郷土を表現するような商店が見当たりません。駅周辺エリアの開発は進んでいるようですが、若者受けするような、どこにでもあるような店が並んでいました。

◆このまちの交通手段は、何と言っても自転車です。アケード街であろうが道一杯に自転車が広がり群れとなって歩行者を襲います。車は左などと言うルールはありません。自転車が人を避け、人が自転車を避けて交差します。

◆で、私のとっては結構、発見があったのです。それはパート2で。

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